研究活動

年次大会

第71回大会(成蹊大学)「テーマ部会」

▼テーマ部会A「コロナ禍の経験を社会学としてどう捉えるか」
▼テーマ部会B「新しい社会調査法と社会調査教育――新しい社会調査法と社会学におけるデータ――」

テーマ部会A 「コロナ禍の経験を社会学としてどう捉えるか」

担当理事:小ヶ谷 千穂(フェリス女学院大学)、山本 薫子(東京都立大学)
研究委員:小山 弘美(関東学院大学)、村上 一基(東洋大学)

文責:山本 薫子

部会要旨

2020年春以降の世界的な新型コロナ感染症感染拡大は現代社会のさまざまな分野に多大な影響を及ぼしてきた。コロナ禍をめぐる全体状況を包括的に把握することはまだ容易ではないが、ポスト・コロナをも見据えた時、コロナ禍という現象を社会学としてどのように理解し、捉えることができるのか、という問いは重要となる。このような問題関心のもと、テーマ部会Aでは2年間の研究例会、大会シンポジウムを通じて、コロナ禍の経験や上記の問いについて複数分野の研究者らとともに横断的な議論を通じて振り返り、検討してきた。
 2022年3月に開催した、1年目の研究例会では、個別の地域コミュニティ(横浜、大阪)におけるコロナ禍前からフィールドワーク等に基づいた緻密な調査研究の報告を通じて、それぞれの場がコロナ禍においてどのような経験をし、そこでどのような課題が見えてきたのか、討議した。
 2022年6月に開催した、1年目の大会シンポジウムでは、医療・身体、都市・地域、ジェンダーの切り口から、「コロナ禍前」までの状況も踏まえつつ、「コロナ禍」の状況に関する各分野での知見や現場からの報告を通じて、議論を行った。
 2023年3月に開催した、2年目の研究例会では、コロナ禍前から海外でフィールドワーク等に基づいた緻密な調査研究を行ってきた複数の研究者が、1) それぞれの場がコロナ禍においてどのような経験をし、そこでどのような課題が見えてきたのか、2) 国境を越える移動が長期にわたって制限される中での海外フィールドワークの研究手法に関する課題や発見などを紹介し、それらの経験を社会学として理解し、捉えるための問いの在処を討論者、フロアとともに議論した。
 以上を踏まえて、2023年6月開催の学会大会では、移民研究、地域社会、家族等のキーワードを軸としながらそれぞれのテーマにおけるコロナ禍の経験を社会学としてどのように捉えることができるか、各報告者から報告していただき、それらを踏まえて、コロナ禍の経験に対する社会学の役割や可能性について議論、検討していきたい。

報告者および題目

コロナ禍における移民現象と国境規制にみる脱国民化と(再)国民化
高谷 幸(東京大学)

コロナ禍が浮き彫りにした地域社会の困難とレジリエンス:地方都市における祭礼の中断・再開を手がかりとして
武田 俊輔(法政大学)

コロナ禍が家族に与えた影響
山田 昌弘(中央大学)

討論者:巣内 尚子(東京学芸大学)、久保田 裕之(日本大学)
司会者:山本 薫子(東京都立大学)

報告要旨

コロナ禍における移民現象と国境規制にみる脱国民化と(再)国民化

高谷 幸(東京大学)

新型コロナの世界的流行は、現代社会が越境的な形で相互接続していることを端的に示す現象だった。一方で、この流行に対して各国家がまずとった対応は国境封鎖であった。また特に初期において、各国政府のコロナ対策に大きな違いがあり、改めて国民国家というアクターの存在感が浮き彫りにもなった。グローバルな社会現象と国民国家の相互作用は、過去30年間のグローバル化の中で繰り返し指摘されてきたが、コロナ禍はその関係性を明白な形で示したといえるだろう。
 日本国内に着目すると、失職・解雇や生活困窮など移民の構造的な脆弱性が顕在化した。一方で、こうした移民を支えるための民間団体による緊急支援に多額の寄付が集まるなど脱国民化した連帯の形も紡ぎ出された。名古屋入管収容施設におけるスリランカ女性の死亡事件を背景に、入管批判が高まったのもコロナ禍においてである。
 他方、日本の国境に焦点を移すと、別の姿が見出される。というのも、ある時期まで日本に家族がいる国外居住者や日本に生活基盤がある者も含め外国人の再入国が認められない対応がとられたからである。ここでは日本人/外国人という区別が強固に維持され、日本政府の対応の特異性が目立った。
 本報告では、以上のようなコロナ禍における移民、人の移動とその規制に関わる複雑な現実を脱国民化/再国家化という観点から整理する。それにより日本におけるグローバル化の影響を再検討したい。

コロナ禍が浮き彫りにした地域社会の困難とレジリエンス:地方都市における祭礼の中断・再開を手がかりとして

武田 俊輔(法政大学)

本報告の目的はコロナ禍が地域社会に対して与えた影響とその状況における住民の困難と模索、今後の展開について、地方都市や村落で継承されてきた祭礼を手がかりとして論じることにある。コロナ禍では地域コミュニティでの諸活動が「不要不急」として中断を余儀なくされたが、それは伝統的な祭礼も同様であった。リスク認識のズレや感染者への偏見ゆえに、担い手間での実施をめぐる合意形成が難しかったことも理由の一つである。また規模の大きい祭礼は行政や経済団体,学校など地域社会の諸アクターからの資源動員を前提とし、実施にはそれらとの合意形成も必要であった。
 限界集落における小規模な行事でコロナ禍をきっかけに廃絶した例もあるが、早期に継承への模索や小規模な実施に向け動き出し、再開に向け動いた事例も少なくない。そこから見出されるのは、これらを通じて地域社会に歴史的に培われてきた戦術とレジリエンスであった。とともにこうした再開は以前への単なる回帰ではなく、既にあった困難の加速化、継承のしくみの再編や新たなネットワークの活用を組み込んだものである。コロナ禍以前と以後を重ね合わせることで、それが地域社会にもたらしたものを改めて考察することになる。本報告ではコロナ禍以前から渦中、そして全行事の再開まで調査してきた滋賀県長浜市の長浜曳山祭という都市祭礼の事例を中心に、以上について分析・考察する。

コロナ禍が家族に与えた影響

山田 昌弘(中央大学)

コロナ禍は、震災と違い、全国(全世界)的に、人々の行動や人間関係に大きな変化を強い、そして、家族の領域にも様々な影響を与えてきた。結果的にコロナ禍は、コロナ禍以前から存在していた日本社会の課題、特に、家族格差に関する課題を顕在化、加速化させたのだと評価している。本報告では、コロナ禍が家族に与えた影響を概括的に示すことを目的とし、いくつかの分野では、若干の独自に収集したデータを紹介したい。
 コロナ禍によって、最も影響があったのは、家族形成である。未婚化、少子化はコロナ前からトレンドとしてあったのだが、コロナによって大きく加速した。行動制限による出会いや交際深化の機会の縮小だけでなく、経済の落ち込みによる経済格差が広がり、若年層の結婚や出産に対する将来の経済不安が、今まで以上に高まったことが考えられる。
 夫婦関係では、親密さの二極化傾向が進行しているのではと考えている。離婚数は減少傾向が続くものの、コロナ禍でのDVの相談件数は増えているが、コロナによる保護件数は減っている。行動制限により、家族外での情緒的発散の機会が減っていること、健康関係で価値観の対立が顕在化したことなどにより、夫婦のトラブルが増加している可能性がある。一方、一部ではリモートワークによる夫婦で過ごす時間が増えることにより、仲がよくなった夫婦の存在も報告されている。
 親族関係では、行動制限で会えないで淋しいという意見がある一方、帰省やお見舞いに行かなくて楽になったというケースもある。  また、家庭学習時間の増加により、親のインテリジェンスによる教育格差が広がったという見解もある。
 このような状況をどのように捉えるべきか、コロナ後の家族はどのようになるのか、今後の調査研究のヒントになるものを提示できたらと考えている。

テーマ部会B「新しい社会調査法と社会調査教育――新しい社会調査法と社会学におけるデータ――」

担当理事:渡邉 大輔(成蹊大学)、秋吉 美都(専修大学)
研究委員:内藤 準(成蹊大学)、齋藤 圭介(岡山大学)

文責:秋吉 美都

部会要旨

テーマ部会Bでは、2022年度から新しい社会調査法を焦点とした研究例会や部会を重ねてきました。デジタル革命が生み出した、新しいタイプのメソッドに注目して、社会調査の実践と教育のあり方や社会学におけるデータをめぐる認識論を検討してまいりました。総集編にあたる本テーマ部会では、生理的データの活用や質的調査法の説得性の検討など、さまざまな方法論上の革新に取り組まれている報告者をお迎えします。
 第一報告者の井頭昌彦さんには、「質的研究手法のための理論武装の仕方を社会科学方法論争から学ぶ」と題し、ご編著『質的研究アプローチの再検討』(勁草書房 2023年)も踏まえて、量的/質的をめぐる方法論的論争の代表例としていわゆる「KKV論争」を概観する、という観点からご報告をいただきます。近年の因果推論手法の発展も織り込みながら、質的研究の意義を振り返っていただく予定です。第二報告者の清成透子さんには、「社会科学と神経科学の融合による新たな人間モデルの構築を目指した縦断的実験プロジェクトの紹介」というタイトルで、デモグラフィックデータ、各種経済ゲーム実験における行動データ、各参加者の脳構造の撮像、ホルモンや遺伝子の採取など生理的データの収集を2012年から2018年まで行ったプロジェクトの成果を紹介していただきます。故山岸俊男先生が代表を務められたプロジェクトでもあり、社会心理学で展開されている画期的な試みを伝えていただけると期待しています。第三報告の村上彩佳さんには「コミュニティの外にいる者の現地調査とインターネットツールの活用」というテーマで、フランスでの「パリテ」に関する調査における方法論上の工夫について報告していただきます。「フランス人でも政治家やその関係者でもない」調査者がいかにネット時代のツールを駆使してフィールドワークを展開したか、調査のノウハウにとどまらず、方法論上の考察もまじえての洞察を共有いただけると存じます。
 また、質的研究、量的研究いずれにも造詣が深い森いづみさんならびに数理的・計量的方法や分析的アプローチに通暁されている数土直紀さんに討論者を務めていただきます。報告者、討論者のお力を得て、さまざまな意味でダイバーシティに富んだ編成となりました。なお、この部会としては初めての対面での開催となります。みなさまのご参加をお待ち申し上げます。

報告者および題目

質的研究手法のための理論武装の仕方を社会科学方法論争から学ぶ
井頭 昌彦(一橋大学)

社会科学と神経科学の融合による新たな人間モデルの構築を目指した縦断的実験プロジェクトの紹介
清成 透子(青山学院大学)

コミュニティの外にいる者の現地調査とインターネットツールの活用
村上 彩佳(専修大学)

討論者:森 いづみ(上智大学)、数土 直紀(一橋大学)
司会者:秋吉 美都(専修大学)

報告要旨

質的研究手法のための理論武装の仕方を社会科学方法論争から学ぶ

井頭 昌彦(一橋大学)

社会科学においては、データや研究手法、あるいはそこからの知見を区別するラベルとして、「量的quantitative/質的qualitative」という対比がしばしば用いられる。両者の関係については、どちらかがより優れているということではなく、研究目的に応じて使いわけられる相互補完的なものとして理解するのが穏当な捉え方だろうし、それは、両手法の間でうまく分業体制を築けることが望ましいとされる社会学においては標準的理解となっているように思われる。
 他方で、昨今の学術的・社会的情勢が質的研究に対する逆風となっている側面もある。というのも、統計学の発展を背景とした統計的因果推論手法の洗練化と普及によって「量的」手法こそが方法論的スタンダードだという認識が広がり、データサイエンスやEBPsの隆盛もあって、質的研究の信憑性や意義に対して疑問を投げかける声が各所で聞かれるようになってきているからである。こうした方法論的圧力に対して若手研究者たちが《素手》で立ち向かわねばならないという事態を避けるためにも、それぞれの研究伝統ごとに異なる事情を踏まえた上で、適切な応答を整備しておくことは重要であると思われる。
 以上の問題意識を踏まえ、本報告では、量的/質的をめぐる方法論的論争の代表例としていわゆる「KKV論争」を概観し、質的研究に対してどのような批判が投げかけられ、どのような応答がなされてきたかを確認する。これは、それぞれの質的研究伝統ごとに異なるだろう応答の仕方を検討する上で重要な参考材料となるだろう。時間が許せば、そうした課題に対処する上での指針についても、科学哲学的観点からの提案をしてみたい。

社会科学と神経科学の融合による新たな人間モデルの構築を目指した縦断的実験プロジェクトの紹介

清成 透子(青山学院大学)

報告者の専門である社会心理学に限った話ではないが、一つの学問領域で解明できることには限界がある。たとえば人間の心を科学的に理解するためには、学問領域の壁を乗り越え、興味関心を共有する関連領域(社会学や経済学、政治学などの社会科学、神経科学や内分泌学、進化生物学などの自然科学)の研究者との連携が不可欠である。本報告では、そうした学際的な共同研究の例として、社会科学と神経科学の融合に基づく新しい人間モデルの構築を目指した縦断的実験プロジェクト(故山岸俊男先生代表)の成果の一部を紹介する。このプロジェクトでは、東京都町田市周辺の住民を対象にリクルートを行い、1670名の応募者の中から各世代(20代から50代)男女同数ずつ抽出した一般人参加者約600名に繰り返し研究に参加してもらう形で実施した。デモグラフィックデータをはじめ、各種心理測定尺度への反応や各種経済ゲーム実験における行動データの測定に加えて、各参加者の脳構造の撮像、ホルモンや遺伝子の採取など生理的データの収集を2012年から2018年まで合計10回にわたって行った。ヒトの向社会性(利他性、協力性、共感性、互恵性等)について、これらのリッチな縦断的データ分析を通して得られた知見について報告・検討したい。なお、本プロジェクトで得られた縦断データは(随分先の話かもしれないが)いずれデータベースとして公開することを目指しており、社会調査教育の現場でも活用できるものになるかもしれない。

コミュニティの外にいる者の現地調査とインターネットツールの活用

村上 彩佳(専修大学)

報告者は、フランスのジェンダー平等について、質的分析手法を用い研究を行ってきた。とくに、フランスにおいて選挙の際に候補者の数を男女同数にするよう各政党に義務付ける、50%性別クオータ制の「パリテ」が社会に根付く過程を研究している。パリテを推進する女性市民団体への参与観察や聞き取り調査、そして女性政治家への聞き取り調査を行ってきた。
 本報告では、フランス人でも、政治家やその関係者でもない、「コミュニティの外にいる者」である報告者が、調査対象にどのようにコンタクトをとり、データを収集したのかを述べる。また調査が困難な人物について、どのように補完するデータを得たのかについても述べる。
 調査を進めるにあたり、インターネットツールが役立った。自己紹介をするウェブサイトのURLを添付し、電子メールやSNSのメッセージを介して女性市民団体に調査依頼を行った。ラポールを築いた女性市民団体の紹介によって、政治家へのインタビューが実現した。政党の活動を知るために、党員以外も参加可能な政党集会にオンラインフォームから申し込み参加した。調査が困難な人物については、動画投稿サイト上にあるインタビュービデオや政治運動ビデオの分析を行った。上記のデータの収集過程を振り返りながら、新型コロナウィルスの流行以降、とくに重要性を増したインターネットツールを、コミュニティの外にいる者が活用する方法を考察する。